<アーカイブへ>また正月だ。さしてうまくもないおせち料理は元日に箸を付けるだけで十分。小さな子供がいれば、カレーやハンバーガーの方が喜ばれよう。大人だって中華や洋食など、ちょっとこってりした料理が食べたくなる。おせちを除けば、中華を含めてKLのほうが東京よりずっと安くてうまいはずだ。
その中華料理にすこし異変が起きている。アワビ・フカヒレ・ナマコなどの珍味が、品薄から値段が急騰し、東京の高級中華料理店のコックを泣かせているというのだ。原因は、東日本大震災。岩手を中心に宮城、青森などの産地が大打撃を受け、香港の海産問屋では、アワビ一個になんと20万円の卸値が付いたという。 「ナマコ好きですか」と聞かれ「オー大好物だ!」と答える日本人はそういないと思う。普段よく食べるわけではないし、中華のコースの一品としてたまにお目にかかる程度。淡泊な味だが、説明するのは難しい。ナマコ自体の味というより、こってりと煮込んだ濃厚なスープの味が舌の記憶に残っている。「ナマコのような奴だ」などと、否定的な意味で使われることも多い。黒くてぐにゃりとした形状のせいだろうが、ナマコ君には責任はない。 話は台湾のテレビに移る。1960年代に日本でヒットした映画「愛と死を見つめて」(64年、日活)の紹介番組を看ていたときのことだ。骨肉腫で死の床に就く「ミコ」役の吉永小百合が、恋人「マコ」役の浜田光夫に向かって、半分すねながら「嫌いなマコ」と、甘えるシーンがアップになった。 画面下には中国語の字幕が流れる。台湾のTVのいいところだ。「嫌いなマコ」という台詞にかぶせた字幕を見ると「我不喜歓海参」という中国語が流れている。ナマコの漢字は日本では「海鼠」だが、中国では「海参」。だから直訳すれば、「私ナマコなんて嫌いよ」。 オーット、厳粛な死を前にして、恋人同士がどうして「ナマコ」なんかを話題にするんだ?ちょっと考えて、この不思議な翻訳の謎解きをしてみた。推測するに、翻訳者は浜田演じる恋人のあだ名が「マコ」であることを知らなかった。だから「嫌いなマコ」と言ったのを「嫌いナマコ」と取り違えたのではないか。さらに翻訳者は、多くの日本人がナマコ嫌いなことを知っていたに違いない。だからこのミスに全く疑問を持たなかったのではないか。珍味をめぐる珍訳だが、何となくほほ笑ましく、罪のない誤訳という感じがする。久しぶりにナマコが食べたくなってきた。でもビックリするような値段だと「我不喜歓海参」とすねてみたくなる。(了)
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