<アーカイブへ>レイコ」に「ミーコ」。ネコじゃないし源氏名でもないよ。関西出身の人なら誰でも知っている飲み物の名前。「レイコ」は「冷コーヒー」。つまりアイスコーヒーのことだ。「ミーコ」はミルクコーヒーの略称。就職して初任地が神戸。喫茶店に入り「アイスコーヒー」を頼むと、ウェイトレスがカウンターに向かって「レイコひとつ」と叫んだ。
あわてて「違うよ!アイスコーヒーだよ」と言うと、「そやからレイコやないの!」と切り返された。関西生活は、略称のカルチャーショックから始まった。 初めての一人暮らし。自炊の経験はなく朝、昼、晩と全て外食。アパートに近い駅前の寿司屋に入った。「江戸前」と書いてあったから、一番安いにぎり鮨を注文した。しばらくすると、鮨と熱いお茶がテーブルに運ばれてきた。赤身から食べようと手を伸ばすと、ない。醬油もそれを入れる小皿もない。「すみませーん。醬油ください」と声を上げた。「そこにあるやろ」。白い上っ張り姿の店主があごをしゃくった。 テーブルを見回すと、端に瀬戸物の小さな壺がある。横に刷毛の柄がのぞく。ふたを取れば、中にはどろっとした黒い液体。たまり醬油である。「その刷毛で塗るんや」。事もなげに店主は言う。え~っ?鮨のネタに刷毛で醬油つけんの?そんなのありか? 東京育ちのぼっちゃまは、ネタに刷毛で醬油を塗って、割り箸で「握り」をひとつずつ口に運んだのだった。一人暮らしのわびしさが一気に増幅した。 そんな関西は今では嫌いではない。神戸と浪花と京の微妙な違いもすこし分かるようになった。梅雨入りした日、浪花に出張した。仕事を終えて翌朝、ホテルの裏手にある大阪城に登った。朝9時前なのに、天守閣に通じる道は観光客であふれ返っている。修学旅行の中学生に、北京語(中国大陸)、広東語(香港)、福建語(台湾)がごっちゃになって聞こえる。みんな団体旅行。旗を掲げた添乗員が、それぞれの言葉で大阪城の歴史を大声で説明している。いちばんお行儀が良いのは台湾。ついで香港だが広東語はウルサイ。中国大陸の観光客は添乗員の話なんかまるで聞いていない。勝手にあちこち歩き回ってシャッターを押しまくっている。「乱」という言葉がぴったり。 天守閣前の広場には広い土産物屋がある。中はやはり華人でひしめき合う。いったいお土産に何を買うのだろう。1番人気は「財布」だという。華人が好きな赤を基調に、歌麿風の織物柄のがまぐちが2100円。帯にはちゃんと「JAPAN 日本」と書いてある。日本まで行って「MADE IN CHINA」を掴まされたのでは笑われる。赤裸々であけすけな浪花の街。その風景に華人は自然に溶け込んでいる。「レイコ」も「ミーコ」も、ごちゃごちゃ言わんとぜんぶ飲み込んでしまう迫力がある。(了)
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