<アーカイブへ>別れてからそろそろ6年。知人には「別れたわけじゃない。ちょっと冷却期間を置いているだけさ」と、強がっているのだが…。普段はもう恋しくなることもない。ただ、時々夢に現れてはうなされる。夢の中であいつとベタベタしている自分がいる。思い切り息を吸うと、頭がクラクラして気持ちいい。「やばい、このままいけばまたヨリが戻りそうだ」。飛び起きると、パジャマがじっとり寝汗でぬれていた。
「あいつ」とは、35年愛し続けてきた「たばこ」のことだ。6年前、持病の心臓病が悪化し2カ月半入院した時、医者から縁を切るよう申し渡され、無理矢理別れさせられた。それまでつきあったのは「わかば」「ショートホープ」「チェリー」など国産から、最後は「マールボロ」の世話になった。原稿用紙に向かう前にまず1本。書き始めれば立て続け火をつけ、灰皿にはまだ火が消えていない吸いかけのあいつが何本も重なっていた。本数は1日約100本。 香港に住んでいたころは毎朝、支局の前でリヤカーに積んだ新聞・雑貨を売っていたおじさんから「マルーボロ・ライト」を3箱ずつ買った。広東語はほとんど話せなかったが、まず覚えたのが「軽松 萬宝路」と「厠所」(トイレ)の発音。もっとも毎朝顔を合わせるおじさんは、こっちの顔をみると黙ってカートンから3箱出してくれたから、下手な広東語を使う必要はなくなった。 モスクワでは、白タクを停めるのに「マールボロ」が威力を発揮した。ソ連が崩壊した直後のロシアは、通貨ルーブルが毎日下落。マールボロなら、米ドルで1ドル相当の価値がある。紙くず同様のルーブルは受け取らない運転手も、マールボロを持って手を上げると停まってくれた。支局からクレムリンまで約6キロ。確かに安い。でも強いドルの力を借りて生活する後ろめたさを少し感じた。 オット、金魚鉢みたいな喫煙室で一人紫煙をふかす中年男が見えるぞ。東京タワーに六本木のビル群とロケーションは華やかなのに、男を哀愁のオーラが包んでいる。それもそのはず、10月からの増税でたばこの値段は平均110円上がり、400円時代に入った。別れたときは確か270円だったあいつも、今や440円。昼に食べるコンビニ弁当の値段だ。オフィス内は全面禁煙。路上喫煙は「摘発」の対象だし、レストランやバーも禁煙がめっきり増え、吸える場所を見つけるのに苦労するはずだ。 「普段はもう恋しくなることもない」と書いたが、寝汗をかくほど夢にうなされるということは、まだ未練がある証拠だ。あれだけ世話になっておいて、「禁煙」というのもつれない。だからせめて「休煙」といって、将来の復縁に含みを持たせている。待ってろよ!(了)
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