<アーカイブへ 「昔アラブの偉いお坊さんが 恋を忘れたあわれな男に しびれるような 香いっぱいの~」(作曲J・M Perroni 日本語作詞 中沢清二)の歌詞で始まる「コーヒールンバ」。1961年、西田佐知子が歌い爆発的にヒットした。「西田佐知子ってだれ?」と首をかしげる世代には「司会の関口宏の妻、タレントの関口知宏の母親だよ」と言った方が分かりやすいだろう。歌はその後、井上陽水、工藤静香らがカバーアルバムを出したが、西田佐知子版があくまでも基本。
高度成長の波に乗って、「政治の季節」から「経済の季節」に転換した時代の気分をよく表していた。コーヒーもインスタントから、豆を挽く本物に変わり、マラカスの音とともに軽快なルンバ(本当はオルキデアというらしい)のリズムが、意味不明だがエキゾチックな歌詞と、妙にミスマッチしていた。 前置きが長くなった。白木の付け台を前に迷っていると「今日はいい秋サバが入ったよ」と寿司屋の板前が声を掛けてきた。うーんそうきたか。付け台のガラスケースから、サバの切り身が銀色の光を放っている。思わず目を背ける。サバは駄目だ。天敵だ。見るだけで鳥肌が立つ。 しかし寿司屋で「鯖はどうも~」と言えば角が立つ。だから「えー宗教上の理由で駄目なんです」と言うことにしている。浮かぬ顔をする板前に「わたしサバ教の教組やってまして、ご本尊は食べられないんです」と、あからさまなウソをつけば笑って許してもらえる。鯖寿司が売りの京都錦市場にある有名寿司店で、「サバ抜きで」と注文したら、中年の女性店員は「分かりました」と愛想良く応じてくれた。全く笑顔を崩さないところが逆に不気味だった。 サバがだめな理由は、子供のころ食べて当たった経験があるためだ。北海道の内陸に生まれ、まだ冷凍・冷蔵庫もない時代だったから、「活き腐れ」と言われるほど足の速い「ご本尊」に当たられたのだろう。「坊主憎けりゃ」袈裟まで憎くなり、光りモノ全般が苦手になった。嚙みはじめると口中に生臭い匂いが広がり、鼻に抜けるともうだめ。息を殺してトイレに駆け込んだことも数知れない。 東京はこの夏異常に熱い日々が続き、11月になると今度は一気に冷え込んだ一気に冷え込んだせいか、山や林が鮮やかに色づいた(写真参照)。こういう時期のサバは「脂が乗ってうまい」という。でも食べられないと言うと、同僚や学生から「なんで?あんなおいしいのに」と同情を買っている。あの銀色の光が目に入るだけでジンマシンが起き、ルンバのリズムで身をくねらせたくなる。コーヒールンバ的には「しめ鯖ジンマ」だ、教組さまは。(了)
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