<アーカイブへ> 記者の仕事は人間関係づくりにある。情報源の懐に飛び込んで情報を引き出す。それには信頼関係がなければならない。信頼関係を築く手っ取り早い方法は会食だ。相手が酒を飲めるならもっとよい。酒を酌み交わせば、だんだん向こうも気を許してヒントをくれこともある。ただし焦りは禁物。一回の会食だけで「おいしい情報」が手に入るほど、この世は甘くない。 これって記者に限らないよ。営業活動はすべて同じだし男女関係だってそうだ。政治の世界、特に外交となると会食は交渉以上に大事な要素になる。ゲストが嫌いな食べ物を出せば、相手はそれを「悪意」ととりかねない。事前に大使館など在外公館がゲストの好みを綿密に調べあげる。 「バラクは、夕べのすしを人生で一番おいしかったと言ってくれた」。日米首脳会談後の記者会見でこう切り出したのは安倍晋三首相だ。夕べのすしとは、銀座の「すきやばし次郎」のにぎり。一人3万円以上のミシュラン三つ星の高級寿司店である。日本側の代表取材写真は、カウンターに座った安倍がにこやかに左隣のオバマにお酌をする場面。一方、ホワイトハウス提供の写真は少し違う。両手をついてお辞儀する店主に、オバマが満面スマイルで応じるショット。腫れぼったい安倍チャンの笑顔が少しぎごちない。 さて、「人生で一番おいしかった」のは本当か。この店にはメニューはなくすべて「おまかせ」。通常は20貫程度のにぎりが出るのだが、オバマは半分を食べ残した。それは口に合わなかったのか、それとも話に夢中だったからか。オバマは日本酒のグラスを持ちながら「あなたの支持率は60%台だが、私は40%台。環太平洋連携協定(TPP)交渉で譲歩してくれないか」と迫った。これに対し安倍は「いや、日本では僕よりケネディ駐日米国大使の方が人気ありますよ」とジョークでかわしたが、オバマは追及を止めなかった。安倍は側近に「面白くない、仕事の話ばっか」と漏らした。 首脳会談と共同声明では、大統領自身が米国の尖閣諸島の防衛義務を確認したが、TPPは大筋合意ができず、共同声明は、オバマが韓国に飛び立つ直前に発表される始末。ビジネスライクなオバマと国家主義的姿勢を隠さない安倍は肌合いが合わないと指摘されてきた。せっかく誘った銀座の高級すし店、「バラク」「シンゾウ」とファーストネームで呼び合ったものの、個人的な信頼関係は築けぬままだったようだ。記者会見で「バラク」と呼び掛ける時に安倍がみせる作り笑いがそれを物語る。(了)
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