<アーカイブへ> 東に行けばクレムリン。西へ数キロ歩くと1812年のナポレオン軍侵攻敗退を記念する「凱旋門」に出る。5車線の広い道路は「クツゾフスキ―大通り」。ソ連崩壊直後の1992年から3年余り、この通りに面した外国人アパートに住んだ。
大通りの名前の由来は、ナポレオン軍を破ったクツゾフスキー総司令官の姓。市場経済に移行した新生ロシアになってからもロシア政府は、1941年6月のナチスドイツのロシア侵攻から始まった戦争を「大祖国戦争」と呼び、ナポレオン戦争を「祖国戦争」としてロシア・ナショナリズムの象徴にした。 2月末、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まると、日本ではチャイコフスキーがナポレオン戦争勝利を記念して作曲した大序曲「1812年」の公演が、相次いでキャンセルされた。判明しているだけでも兵庫県明石市と愛知県小牧市の交響楽団。中止について楽団側は「現在の世情を踏まえて演奏中止となりました」とツイートした。 「1812年」は、露仏両軍の戦闘を音楽でリアルに表現し、両軍の進軍ラッパや国歌の旋律が流れる中、本物の大砲が使われた演奏会もあった。ウクライナ侵攻後、日本ではウクライナ支援の世論が異様に盛り上がった。「ロシア勝利」を記念した曲は「世情にふさわしくない」ということなのだろうか。 公演キャンセルだけではない。フランスの音楽ホールは、ロシアの人気指揮者ワレリー・ゲルギエフ氏が指揮するマリインスキー歌劇場管弦楽団のコンサート中止を発表。スイスの音楽祭事務局も、ゲルギエフ氏に音楽監督辞任を求め、同氏も受け入れた。ゲルギエフ氏はプーチン大統領との親交が伝えられる。 公演中止とロシア人指揮者の排斥は、政治世界で醸成された「空気」が、音楽など芸術・文化世界を侵食した結果だろう。クラッシック音楽評論が専門の吉田純子・朝日新聞編集委員は3月12日付け朝刊のコラムで、「大喪の礼の折に日本中を覆った自粛モードのそれに近い」と評し「『ロシアが勝つ物語だから』などと言う表層的理由で演奏を退けるのが当たり前になる事だけは避けたい」と諫めた。同感だ。 ウクライナ侵攻をめぐっては、ロシアを「悪」、ウクライナを「善」と見なす善悪二元論が大手を振るい、それが「翼賛世論」になろうとしている。民間人の被害を食い止めるには、軍事侵攻を直ちに停止し、停戦実現は急務だ。同時に米欧が冷戦終結時のロシアとの約束を破り、北大西洋条約(NATO)拡大を進めたことが侵攻の背景であることを忘れてはならない。 楽団側は「1812年」中止の理由を「現在の世情」という曖昧な理由で済ました。日本社会に伝統的な「摩擦回避のため事実を究明しない手法」そのもの。「反戦」も「人道」も異議はない。だがそれが「翼賛世論」になった時、異質なものを排除する「ファシズム」に化ける恐ろしさを知るべきだ。
0 コメント
<アーカイブへ> 石原慎太郎氏が2月1日、89歳で死去した。彼が東京都知事時代、尖閣諸島(中国名 魚釣島)を「国有化」させ、日本と中国の対立を煽ったのは、ちょうど10年前の2012年。強国化する中国に対する民衆のコンプレックスを掴み、それを「反中」へ巧みに昇華させた稀代のデマゴーグ(煽動的民衆指導者)だった。
「尖閣を『国有化』させ」と書いたのは訳がある。米保守系シンクタンクで「東京都は尖閣諸島を買うことにしました」と、「都有化宣言」をした理由について彼は「本当は国が買い上げたらいいけど、国が買い上げると支那が怒るからね」と説明したからである。 石原には「国有化が筋」という認識が最初からあったのだ。その目的は何か。領土問題という妥協不可能なテーマを設定することによって、日中関係を緊張させる。中国から強硬姿勢を引き出し、「平和ボケした」日本人に「国家防衛意識を高める」ことにあったと思う。 当時の民主党の野田佳彦政権はまんまとその術数にはまり、その年の9月11日、魚釣島など3島を国が買い上げ「国有化」した。これに対し中国は、両国間の領土問題「棚上げ」という暗黙の了解を一方的に破り、実効支配を強化したと非難。中国公船を尖閣領海に入れ、中国全土でデモなど激しい強硬対応に出た。 それから10年。尖閣諸島では昨年来、右派活動家が雇った漁船が領海で「操業」。これに対し中国海警船が、活動家の上陸を阻止しようと追いかけ回す。石原氏が死去した1日には、尖閣の実効支配強化を主張する沖縄県石垣市長が、同様の主張をする東海大教授とともに魚釣島の「海域調査」という“挑発行動”を展開した。 思い出すのは、石原が10年前の演説で「日本の漁船が行くようになったら、外国の船が追っ払える」という発言だ。しかし石原氏の希望とは逆に、実際は「追っ払える」どころか「追いかけ回されている」のが実情。海洋での日中実力差が投影されている。 石原を弔問した岸田文雄首相は「存在の大きさを痛感」と述べ、ジャーナリストの田原総一郎氏は「ぶれない政治家」(「朝日」2月1日)と持ち上げた。だが尖閣問題では、「ぶれない」どころか実際は「ブレブレ」だった。 「都有化発言」の3年前、母校の一橋大学時代の同級生だった中国人研究者との対談で、「主権棚上げ、共同開発」を主張する研究者に対し、石原は「『主権棚上げ、共同開発』の意見に賛成する。~中略~ 主権争いで戦争になるようなことは避けなくてはならない」(日中科学技術文化センター会報「きずな」2009年夏号)と述べていたのだ。 歴史に「もし」は禁句とされるが、石原挑発がなければ尖閣問題が日中間に刺さった「抜けないトゲ」にはならなかっただろう。国交正常化50周年のことし、「反中翼賛世論」が日本を覆う現状を振り返ると、日中関係を損なった石原挑発は「万死に値する」。 <アーカイブへ>丘の上の公園から西南方向を眺めると、雪に覆われた山々が連なっていた。山の向こうには、中国の新疆ウイグル自治区の砂漠地帯が広がっているはずだ。中央アジアのカザフスタンのかつての首都、アルマトイ(旧アルマ・アタ=リンゴの里の意)から眺めた天山山脈の遠景だ。モスクワ駐在当時の1995年の2月、カザフに出張した時のことだ。
そのカザフが新年早々の1月2日から、燃料価格の引き上げに抗議する大規模デモに揺れた。トカエフ大統領は暴徒化したデモへの発砲命令を出した上、ロシア主導の軍事同盟に「平和維持部隊」の派遣を要請した。 大統領は同時に、30年にわたり同国を支配していた「国父」ナザルバエフ前大統領を「安全保障会議」議長から解任、首相と治安機関のトップの首もすげ替え、騒乱発生から10日後の1月11日、「国際テロ集団による武力侵略」「国家転覆のクーデター」を鎮圧し、勝利したと宣言した。 カザフは石油・天然ガス、石炭に恵まれた資源大国である。原油は世界の埋蔵量の3%を持ち、シェブロンやエクソンモービルなど、欧米メジャーが採掘に当たる。ウラン生産は世界の約40%を占め世界一、米国、中国への最大の供給国でもある。 国境を接するロシアと中国は、騒乱発生直後から「外部勢力の干渉」「カラー革命」を非難、米国など西側勢力がイスラム過激家を傭兵として騒乱を操ったと非難した。習近平・中国国家主席は7日にトカエフ大統領に電話し、騒乱制圧を称賛し支援を約束する素早い対応を見せた。 中国にとってカザフは、中国と欧州諸国との陸上輸送の「中欧班列」が横断する要衝でもある。仮にカザフに反中国、反ロシア政権が誕生すれば、中ロの「裏庭」に当たる中央アジア情勢全体が不安定化し、国内にも波及しかねない。トカエフ氏がナザルバエフ勢力を一掃し事態を掌握したのをみて、プーチン、習両氏はほっとしたに違いない。 カザフをめぐる周辺大国の関与を見て思い出すのは、アフガニスタンをめぐり19世紀、大英帝国とロシア帝国が抗争を繰り広げた「グレート・ゲーム」。米軍撤退後、タリバンが権力を掌握したアフガニスタンに続いて、比較的安定していたカザフでも騒乱が起き、地域は、米欧中ロが複雑に絡みあった21世紀の「グレート・ゲーム」の様相を呈している。 冒頭に書いた天山山脈を遠望した出張は、ソ連崩壊後に独立した旧ソ連構成国でつくる独立国家共同体(CIS)首脳会議がアルマトイで開かれるのを取材するため、当時のエリツィン大統領に同行取材するためだった。そのエリツイン氏、空港に到着し出迎えたナザルバエフ大統領と共に歩くと突然転びそうになり、ナザルバエフに腕をとられる珍事を起こした。 過度の飲酒癖がたたったとみられるが、それから5年足らずで、権力の座をプーチン氏に明け渡すとは夢にも思わなかった。 <アーカイブへ> ―どうみても「二人羽織」の第三次安倍政権。行き詰まったら直ぐ安倍を裏切るべし―
SNSに、こんなコメントを書き込んだのは、第1次岸田政権成立直後だった。自民党総裁選挙の決選投票で、安倍晋三元首相らの支援で総裁に当選した岸田氏を、落語の「二人羽織」に例え、キングメーカーの磁場から逃れられない「操り人形」と揶揄したのだった。 しかし岸田首相は10月末の衆院選挙で予想以上に善戦。自民党の絶対安定多数を獲得し政権基盤を強化してから様相は変わった。岸田は安倍の反対を押し切り「知中派」の林芳正氏を外相に抜擢。米バイデン政権が決定した北京五輪への「外交的ボイコット」問題でも、安倍の息がかかる自民党右派議員連盟が求めるボイコット要求に対し「タイミングを見て、適切に判断する」と、はねつけた。 少し驚いたのは、バイデン政権が主催した民主主義サミット(12月9、10日)への対応。参加の是非を前日の8日まで明らかにしなかったのは異例中の異例。さらにわずか2分の短いオンライン演説で岸田は、民主主義の発展は一定の時間がかかるとした上で、「歴史的な経緯の積み重ねの中での各国の取組を尊重する」と述べ、「民主か専制か」の二項対立に組みしない姿勢を明確にした。演説内容をめぐって時間がかかったと推測する。 さて、羽織の後ろから首相を操れるはずだった安倍にとっては面白いはずはない。12月1日、台湾シンクタンク主催のフォーラムでは「台湾有事は日本有事、日米有事」と「日台運命共同体論」を展開した。現役首相時代なら口が裂けても言えないセリフ。 13日に出演したBS日テレ番組では、「台湾で有事があれば『重要影響事態』になる。米艦に攻撃があれば、集団的自衛権の行使もできる『存立危機事態』となる可能性」とまで踏み込んだ。安倍が野党の反対を押し切って成立させた安保法制は、台湾有事をにらんだ法整備だったことを自ら暴露した形だった。 対中政策をめぐる岸田と安倍の距離が広がる中、中国メディアは安倍名指し批判を開始した。「環球時報」は15日付の評論で安倍について「反中エネルギーを好き勝手に解放している」反中政治屋の「首席」と呼んだ。 日本世論はどうか。NHKが発表した世論調査(12月13日)で、北京冬季五輪への「外交的ボイコット」賛成が45%と、反対(34%)を上回った。最大野党の立憲民主党の泉健太代表は外交的ボイコットの「選択肢は十分にあり得る」と述べ、日本共産党も「外交的ボイコット」を日本政府に求める声明を出した。 これに対し鳩山由紀夫・元首相はツイッターに、「ポピュリズム的な強硬論ばかりが聞こえてくる。まるで大政翼賛会のよう」と投稿した。全く同感だ。世論や野党が翼賛化しているとすれば、政権交代など期待できない。与党内部の矛盾と対立は極めて貴重だ。ここは「二人羽織」の茶番を早く終わらせ、岸田に自由に持論を展開して欲しい。 (共同通信客員論説委員) <アーカイブへ>「それで決断しなくちゃならなかったんだ。音楽を止めるか、名声と共に暮らしていくか?ってね」。元ザ・ビートルズのポール・マッカートニーのインタビューの翻訳記事だ。「だったんだ」「ってね」は、男性ミュージシャンのインタビュー記事によく出る“翻訳慣用語”である。
日本語吹き替え映画になると、女優のセリフには「だわ」「のよ」が、男優の場合は「だぜ」など「ジェンダー表現」が頻繁に登場する。それが「気にならない」人もいれば、「いまどき『だわ』なんて言う女性、聞いたことない」など反応は様々。私は後者だから、吹き替え版の外国映画はできる限り見ない。 性差だけじゃない、「吹き替え」映画には、社会的地位や年齢、職業など、背景が異なる人々に応じて、「話し言葉」に大きな差がある。店の主人は決まって客に向かって「はいよ、持ってきな、まけとくから」と「ため口」を遣う。老人からは「じゃよ」が口を突く。でも老人の私は「じゃよ」なんて使ったことない。 日本語には尊敬語、丁寧語があり、相手の地位に応じて使い分けが必要とされる。若いころ「目上」からの誘いを断る時、「よんどころない(やむを得ない)事情」と答えるべきところを「やんごとない(身分の高い)」と言い間違えて失笑を買った。発音が似ていたから間違ったのだが、慣れない言葉は遣わないことだ。 「斯くの如く」(漢語的表現)、日本語は「豊か」とも言える一方、社会的地位や帰属によって遣い分けを迫られる「差別的言語」ではないかという批判もつきまとう。冒頭に挙げた性別によって遣い分ける表現はいつから始まったのか。 言語学者の中村桃子・関東学院大教授によると、女言葉が「正当な日本語」と位置付けられたのは台湾、朝鮮半島など植民地での同化政策から始まった。「女と男で異なる言葉遣いをする」のが、日本のすばらしいところという物語が作られたのだ。「日本女性は丁寧で控えめで、上品だという『女らしさ』と結びつけられた」結果「女なら女言葉を使うはず」という規範が生まれていく。 初めて台湾に行った1980年代半ば、植民地時代に日本語教育を受けた世代がまだ健在だった。流ちょうな日本語を話す女性が、「でしたのよ」「そうだわね」などと「山の手女性言葉」を遣うのを聞いてびっくりした。恐らくエリート家庭に生まれ育ち、エリート教育を受けたのだろう。すべての台湾女性が「山の手言葉」を話したわけではない。 「失言大王」の麻生太郎・自民党副総裁は、外相時代に日本が台湾で行った教育を美化する発言をして近隣諸国から批判されたが、教育のチカラは大きい。言語は思考方法を規定する。秋篠宮の長女が結婚し皇室離脱した瞬間、TVアナウンサーは「眞子さま」を「眞子さん」と言い換えた。なんとも滑稽だった。皇室用語で権威付けするのは止めてはどうか。 <アーカイブへ>子供がまだ小さかったころ、スーパーマーケットに行くとせがまれたのが「ガチャ、ガチャ」だった。百円硬貨を入れレバーを「ガチャ」と回すと、オモチャ入りのカプセルが「ガチャ」という音と共に飛び出してくる。でも欲しいオモチャに当たるとは限らない。選べないのだ。
選べないのは親も同じだが、「ガチャ、ガチャ」になぞらえた新語が「親ガチャ」である。親のせいで自分の思い通りにならない境遇を「親ガチャに外れた」などと表現する。「家が貧しく進学できない」「国籍を理由に差別された」など貧困や出自などを嘆くケースが多い。だが、高貴な家に産まれたが故に、「婚姻の自由」という人権を踏みにじられ苦しむケースもある。 秋篠宮家の長女眞子さんのことだ。大学の同級生小室圭さんとの結婚(10月26日)を秋篠宮から反対されただけでなく、「税金で生活してきたくせに我がまま」「皇族の結婚としては不適格」などど、SNSでさんざん叩かれた。彼女は皇室離脱の際、国から支給される最大約1億5千万円の一時金を辞退した。 にもかかわらず、週刊誌は小室さんの母親の交際相手からの借金問題に始まり、就職問題やヘアースタイルまでケチを付け続けている。誹謗(ひぼう)中傷を受けた彼女は「複雑性心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断された。確かに二人に向けられるバッシングは異様でグロテスクだった。 ある友人は「結婚を伝えるニュースへの書き込みは半端じゃない。否定的なものばかりだが、これはどういう心理からくるのか?」とSNSに投稿した。これに対し筆者は「日本の衰退と将来不安の中で、国家や皇室に権威と普遍性を求めようとする感情が、『正統性』を揺さぶりかねない異質を排除することで、精神浄化(カタルシス)を得ようとする心理では」と返信した。 ちょうどそのころ、米プリンストン大上級研究員の真鍋淑郎さんが、気候変動の仕組みを理論づけたとしてノーベル物理学賞を受賞した。彼は日本国籍を捨てた米国人。だが、岸田文雄首相は、「日本人として大変誇らしく思っている」とコメントした。血なまぐさい「血統」という幻想まで持ち出し、日本人の「正統性」の証にしようというのだろうか。 シェークスピアの「ロメオとジュリエット」は、家や社会の反対のために恋愛を成就できなかった悲劇だ。それはミュージカル「ウエスト・サイド物語」などにも引き継がれた永遠のテーマ。 周囲の反対が強ければ強いほど、若いカップルを引き寄せる力も強まる。東京とニューヨークで離ればなれの生活に終止符を打ち、2人はニューヨーク生活を始める。「親ガチャ」に外れた現代のジュリエットは、思いを叶えた。メデタシ。 <アーカイブへ>菅義偉首相が退陣表明した。退陣理由は「コロナ対策に専念」だが、信じる人は少ない。前任の安倍晋三氏と同様、東京五輪を優先して政権維持と浮揚に利用する狙いが裏目に出て、コロナ感染爆発を招いて退陣の導火線になったのだと思う。
日本経済新聞の9月半ばの世論調査によると、退陣を「妥当」と答えた人は全体で72%、自民党支持層でも73%に上った。政党支持では自民党が53%と前月比10ポイントも上昇した半面、立憲民主党は12%と低迷。政変劇が「与野党対立」ではなく、与党内の「コップの中の嵐」だったことを示している。 この1年、全国のコロナ感染者数は、前年9月初めの約650人から2万人に激増したが、ほかに変化したものはあるだろうか。答えは「Yes」。首相は4月の日米首脳会談の共同声明に、台湾問題を半世紀ぶりに盛り込み、日米安保の性格を「地域の安定」から「対中同盟」に変質させた。 さらに、日本が「自らの防衛力を強化することを決意した」と共同声明にうたい、南西諸島で中国向けの自衛隊の対空・対艦ミサイル網構築を後押ししている。麻生太郎副首相などは、中国が台湾に侵攻すれば、「存立危機事態」と認定し集団的自衛権の行使もあり得るとまで発言した。 対中政策の「裏返し」としての台湾政策の変化は大きい。岸信夫防衛相ら政権幹部は「台湾有事」を煽り、これまで「受け身」だった台湾政策を「主体的関与」に転換しつつある。来年は日中国交正常化から半世紀の節目。中国からすれば、日本政府がバイデン政権とともに、「一つの中国」政策を空洞化しようと狙っていると映る。 対中・台湾政策の変更は、東アジアの平和と安全保障全体にかかわる「大事」のはずだが、最大野党の立憲民主党をはじめ野党側は「音無し」に徹し、国会でも争点として議論されていない。衆院選に向けた立民、共産、社民、れいわ新選組の野党4党と「市民連合」の政策合意でも、「安保法制」廃止はうたったが、日米安保や台湾政策の変質には全く触れていない。 政策変化の背後にある認識は「中国の脅威」であろう。「軍事力を急速に増強し、中国の一部と見なす台湾への軍事侵攻も厭わない」― バイデン政権が対中抑止のために作り出した「台湾有事」シナリオは独り歩きし、いまや野党を含めて「中国脅威論」が翼賛的世論になりつつある。 「暴支膺懲(ようちょう)」(横暴な支那を懲らしめる)は、1937年の日中戦争開始後に軍部が戦意高揚のために作り出したスローガンだった。今や日中の力関係は完全に逆転しているが、「中国脅威論」が議論なしにいつしか主流世論になるプロセスは「いつか来た道」を思い出す。 <アーカイブへ>名古屋市長が、東京五輪のアスリートの金メダルをカミカミして非難された。メダリストが属するトヨタ自動車は「不適切かつあるまじき行為」と抗議声明を出し、組織委員会は新しい金メダルに交換すると決めた。公人がカメラを前にメダルを噛んでみせるのは確かに「異様」だが、メダルを交換するほどの話なのか。
五輪表彰式でアスリートがメダルを噛んでポーズをとるショットは珍しくない。カメラマンが「写真映え」を狙ってアスリートに要求し、それが定番になったらしい。時代劇ドラマで、商人が小判を噛むシーンを観たことがある。金貨が通貨として流通していたころ、本物の金かどうかを確かめるために噛んだという。 金メダルはもちろん純金ではない。「悪名高い」国際オリンピック委員会によると、銀含有率92.5%の「スターリングシルバー」に「最低6gの純金メッキを施す」と規定され、メダル自体の原価は約5万円。 市長が噛んだ光景が報じられると、「本当に恥ずかしい」「非常識すぎて言葉も出ない」「名古屋の恥!」などと、SNSは非難で大炎上した。彼は「南京大虐殺」と「慰安婦問題」で、政府の責任を否定し、「偽造署名」の疑いがある「愛知県知事リコール運動」の主唱者の一人。だから「早く退場すべき公人の一人」と、常々考えていた。 ただ「メダルを穢した行為」(「属事」=造語です)は重視せず、「洗って消毒すれば済む話」程度に考えていた。そこで「彼のような老人で、『卑しさ』が滲みでている人物だからこそ非難されたのでは?」と、非難は「属人」的要因が大きいのではないか、と問う書き込みをした。 これに幾つか興味深いコメントが寄せられた。「誰の行為なら許せるかと考えてみると、よほど自分と近しい人間なら何とか」「他人の財産です。断りもなく齧ったりすりゃ、あのじじいじゃなくたって非難される」「大谷翔平に齧られたらどうかな、というコメントがあったけど大きな流れにならないまま消えた」、、、 その一方「スカッとしたオヤジだったら何の問題にもなっていない」と、「属人論」支持の声や、「歯形がつけば価値が下がる」という「価値論」まで登場。そして「名古屋人はよくよく金が好きなんだ、、、」「市長のレベルの低さは名古屋市、大阪市、横浜市も同様」と、予想していた「属地論」も出てきた。 市長は、名古屋城の金のシャチホコが展示された4月にも、かぶりつく仕草をしたことがあった。金を見ると、興奮と衝動を抑えられない「お病気」なのかもしれない。彼の唾液がたっぷりついたシャチホコはどうなったのだろう。拭いて消毒した後、名古屋城のてっぺんで鈍い光を放っているのだろうか。 <アーカイブへ>「頑張りすぎ、日本! 戦後最大誤判」。菅義偉首相が「安心安全の東京オリンピックを成功裏に開催したい」と、呪文のようにとなえた直後、旧知のシンガポール紙駐日特派員からSNSのメッセージが着信した。東京五輪は「いずれ中止に追い込まれるだろう」と、高をくくっていたが、見事に裏切られた。
新型コロナ感染が東京で急速に再拡大し、第5波に見舞われている最中だ。「コロナ対策を最優先する」はずの菅の論理からすれば、中止こそが常識的判断のはず。にもかかわらず開催を選んだのは、「五輪開催」こそ最優先課題だったことが分かる。 菅は筆者と同い年。1964年の東京五輪には特別な思いがあるようだ。6月初めの国会党首討論では、問われもしないのに「東洋の魔女」「回転レシーブ」「マラソンのアベベ選手」などと「五輪の感動」を挙げ、「こうしたすばらしい大会を今の子供や若者に見て、希望や勇気を伝えたい」と、めずらしく能弁だった。 そういう筆者も、学校から戻ると茶の間の14インチ・白黒テレビの前に座って観戦。時には固唾をのみ、こぶしを開くと手に汗をかいていた記憶が蘇る。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の世界だ。だが団塊の世代ならともかく、今「東洋の魔女」と聞けば「なにそれ? 新しいアニメ映画?」と、いぶかる人が多いと思う。 菅が五輪に「賭けた」のは、落ち目の支持率と経済を浮揚させ、政権基盤を強化して総選挙の勝利につなげるという目論見からだ。しかし約7割が「中止・延期」という民意に逆らって開いても、支持率の浮揚や選挙勝利につながらないことは、東京都議選での自民敗北が証明した。 高度成長にバブル景気と「右肩上がり」の経験が脳髄までしみついた「昭和オヤジ」の見込み違いだと思う。緊急事態やまん延防止重点措置によって休業・倒産を迫られ、低賃金の非正規の働き口すら見つからない現実の下で、一億が五輪観戦に沸く構図は想像しにくい。 「ハァー あの日ローマでながめた月が きょうは都の空照らす 四年たったらまた会いましょと かたい約束夢じゃない」 57年前、全国で流行った「東京五輪音頭」。「戦後」から脱却し「国際社会」入りした実感が投影された歌詞だった。 57年後の今はどうか。 「経済の動向も通勤時にチェック 純情な精神で入社しワーク 社会人じゃ当然のルールです はぁ? うっせぇうっせぇうっせぇわ あなたが思うより健康です」(「うっせぇわ」より) 「国民的歌謡曲」などもはや存在せず、衰退が加速度的に進む。誰もが「スマホ」の世界の中で個人化し、「公的世界」はどんどんしぼんでいく。社会と私の距離を見事に描いた歌詞だ。スガーッ、聞いてるか? <アーカイブへ>主要7カ国首脳会議(G7サミット)が英国で2年ぶりに対面で開かれ、新型コロナ対策として10億回分のワクチン供与で合意した。先進国によるワクチン独占に批判が出ていただけに、低所得国への無償供与は理に適っている。
しかし、その背景が「『ワクチン外交』を展開する中国などにG7として対抗するねらいもある」(NHK)と解説されると、「ちょっと待てよ」と、すんなり納得する思考回路にブレーキがかかる。 中国の途上国へのワクチン無償供与を、「ワクチン外交」と形容するなら、それに対抗するG7の供与もまた、立派な「ワクチン外交」ではないか。バイデン米政権が、米中対立を「民主主義vs専制主義」と定義してから、中国は「専制」代表の「ヒーラー」になった。 それに比べて「民主」とは、なんと心地よく、正義と善に溢れた言葉だろう。メディアも、正義の証として「民主」の背中を押す。コロナ禍が広がる中、台湾が感染を抑え込み「感染者数400人台、死者7人」だったころ、日本の全国紙は社説で、中国と台湾のコロナ対策について次のように書いた。 社説は、中国政府が人々の行動の自由を奪い、言論統制しながら強制的な都市封鎖をしたのに対し、台湾当局は丁寧な「記者会見やITの駆使により、政策の全体像、目的を社会全体で共有するよう努めた」と、対照的に比較。「こうした民主的な手法が市民の自立的な行動につながった」と、民主主義こそコロナ抑制の理由と絶賛した。(「朝日」20年5月25日「コロナと台湾 民主の成功に学びたい」) それから1年。台湾では5月中旬から感染者が増え、6月11日までに感染者数が12,500人、死者385人に急増した。衛生当局は学校をすべて閉鎖、5人以上の集まりを禁止し娯楽施設の休業を命じる「都市封鎖」に追い込まれた。 「民主」に成功理由を求めた社説は、裏切られた。感染病対策を、科学的立場からではなく、政治的統治というイデオロギーの違いに求め、「民主」という魔力を持つ言葉に寄りかかった錯誤である。 もう一つ。メディアは、中国が台湾に武力行使する「台湾有事」が近いと危機感を煽る。元陸上自衛隊幹部は「南西の島々どう守るか」と題するインタビュー記事(「朝日」)で、台湾について「日本と同じ自由と民主主義、法の支配のもとで生活しており、台湾の有事は我がことと考えざるを得ません」と、「台湾有事は日本有事」とみる理由に「民主」を挙げた。 では台湾が国民党独裁時代に、日本が台湾を承認し支援した理由は何か。台湾が今も「専制」下にあれば、支援しないのか。日米にとって台湾は、中国を抑え込むカードとして重要なのであり、昔も今も変わりない。「民主」は、とってつけたアクセサリーに過ぎない。 <アーカイブへ>「専制主義が未来を勝ち取ることはない。勝つのは米国だ」。バイデン米政権の誕生から5月末で3か月、彼の連邦議会での施政方針演説(4月28日)は、世界のトップリーダ―からの転落を認めず、外敵(中国)を求めることによって団結を図る米国の伝統的な「病」を際立たせた。
大統領就任以来、彼は中国を「唯一の競争相手」と位置付け「民主主義と専制主義の争い」と米中対立を煽り続けてきたから、中国に関する発言に新味はなかった。にもかかわらず日本の大手メディアは、「米国の病」には一切触れず「バイデン氏、対中国『21世紀勝ち抜く』」「中国に対抗する姿勢鮮明」などと、米中対立を軸にするいつもの切り口を繰り返した。メディアの「病」も相当深刻だと思う。 驚いたのは中国側の反応。中国外務省報道官は、演説へのコメントを求められ「両国間の一部の分野で競争があるのは正常」とし「協力が中米関係の主流であるべき」と答えた。非難めいた言動を一切抑えた、極めて冷静な反応。中国非難ばかりを聞かされ、いい加減うんざりしたのか。 だがこの反応には、「余所行き」臭がプンプンする。「米国のエリートたちはもはや自信がなく、小心になっている」と、本音をズバリ書いたのは、中国の国際紙「環球時報」の社説(4月29日付け)。「中国が米国に追い付こうとしている勢いに我慢がならず、『オオカミがやってくる』という心境になっている」と皮肉った。 さらに米国の現状を「うまくいかなければ、中国の脅威を呼びかけることこそ、最も安価で効果的な政治的動員の方法」と考えていると分析した。主張には一理ある。米社会には、「神か悪魔か」「善か悪か」という二元論思考が深く根付いている。「民主主義か専制主義か」も、その延長線上にある。 歴史を見れば、南北戦争や公民権運動など、社会的分断と政治的対立が常にあり一つに統合したことはない。だからと言うべきか、外に敵を作らないと生きられないメンタリティが支配的だ。西部劇の「インディアン」(先住民)から、共産主義者排除の「赤狩り」、日本バッシング(叩き)に、「9・11」後のイスラム過激派―。数えればきりはない。 米中対立から始まった「チャイナ狩り」では、中国留学生・研究者や共産党員の米入国を制限し、中国語普及のための「孔子学院」の一部を閉鎖した。「二元論思考」や「外敵を求める」メンタリティに普遍性はない。にもかかわらず、米国の主張にひきずられ、オウム返しに中国非難を繰り返す日本メディア。米国の深い「病」を共有してはならない。 <アーカイブへ>このところバイデン米政権当局者の発言の信頼性に「?」マークがつくケースが相次いだ。最近の例からいくと、米国務省のプライス報道官の北京冬季五輪ボイコット発言(4月6日)。同氏は、中国の新疆ウイグル自治区での「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を挙げ「北京五輪はわれわれが協議し続ける分野だ」とし、同盟・友好国と協議すると語ったのだ。
オリンピック・ボイコットと聞いて、すぐ頭に浮かぶのは1980年のモスクワ五輪だろう。当時のカーター米大統領は、旧ソ連によるアフガニスタン侵攻に抗議して、西側諸国にボイコットを呼び掛け、日本を含め60カ国が参加を取りやめた。米ソ冷戦下の世界をデカップリング(分断)した国際政治の大事件だった。 バイデン政権がそれに倣って、北京大会ボイコットを決定したとすれば大ニュース。発言はすぐに世界を駆け巡った。ところが翌日、ホワイトハウスのサキ大統領報道官が、北京五輪に参加する姿勢に「変更はない」と訂正した。サキ氏は「共同でのボイコットを同盟国と議論したことはないし今も議論していない」と「火消し」に追われた。 北京五輪を人権外交カードとして切るタイミングとしては確かに早過ぎる。コロナで開催を1年延期し、まだ中止説もくすぶる東京五輪だって開かれていない。いまボイコットの同調を求められ、最も困るのは、「アジア最強の同盟国」の日本だ。 仮に同調すれば、中国は東京五輪をボイコットするだけじゃ済まない。訪日外国人で最も多い中国人観光客の日本渡航にブレーキをかけるだろう。様々な経済制裁も続く。だが北京ボイコット問題はこれにて終了ではない。大会が近づけばむしかえされるはずだ。 もう一つの発言は、米国防総省のジョン・カービー報道官が2月23日の記者会見で「日本の主権は尖閣諸島(中国名 釣魚島)に及ぶ」と述べながら、3日後に訂正・謝罪したケース。中国、台湾も領有権を主張する尖閣への米ポジションは「日本の施政権が及ぶ」というもの。領有権(主権)への立場はとらない「中立政策」である。 国防総省当局者が突然、この発言をした真意は謎である。「国務省と国防総省の対立」という見方。中国への「嫌がらせ」と、反応を探るためのアドバルーンという見方もある。その一方、尖閣問題に対する米当局の「認識レベルの低さ」が原因との解釈も根強い。筆者もこの立場。 米国にとって、この海の孤島は国益を左右する大事ではない。日本が米国に「日米安保条約5条適用」をしつこく迫るのは、米国の尖閣防衛姿勢を疑う見解が日本政府内にあることを裏付ける。二つの「失言」は何を物語るのか。米政府当局者の発言を、端から疑わず「金科玉条」視する日本メディアと日本人の「米国信仰」。これからは、眉に唾してかかろう。 <アーカイブへ> 電話普及率… 先進国ほど高く、途上国は低い。世界各国の状況を記述するさまざまな「年鑑」には、電化や鉄道敷設キロ数と並び、電話普及率が統計指標の一つだった。「電話」とは固定電話のこと。「だった」と書いたのは、途上国でも携帯電話が急速に普及した21世紀には、経済発展の指標としてあまり意味がなくなったからだ。
日本の固定電話の世帯ベースの保有率(2017年)は71.0%だった。しかし20代ではなんと5.2%、30代でも29.3%に過ぎない。独身はもちろん、結婚しても共働きが多いためか、固定電話を持たない世帯は増える一方だろう。 さてここから本題の「マネー」に移る。2020年10月、カンボジア中央銀行がデジタル通貨「バコン」を導入した、というニュースが流れた。中銀デジタル通貨の発行は、カリブ海のバハマに続き世界2番目という。カンボジアでは通貨「リエル」の信用度が低く、流通する通貨は米ドルだった。「バコン」導入で、国家がようやく通貨発行の支配権を取り戻したことになる。 中銀発行のデジタル通貨と、ビッドコインなどの「仮想通貨」とはどう違うのか。仮想通貨は、ネット上でユーザー同士が取引し、通貨の裏付けはない。一方、買い物で使うクレジットカードや、交通機関で利用する「電子マネー」は、法定通貨の代替物だ。 主要国では、中国が試験的に中銀デジタル通貨を導入し、2022年の北京冬季五輪開催前に実用化する予定。中国ではスマホのアプリで、巨大IT企業、アリババ集団の「支付宝(アリペイ)」や騰訊控股(テンセント)の「ウィーチャットペイ」など、銀行を介さないショッピングが消費者に浸透している。これもすべてスマホ一つで取引できるキャッシュレス。 「中国の特色ある社会主義」でも、民間企業が都市部の雇用の8割と、国内総生産(GDP)の6割を創出。共産党指導部には、巨大IT企業が金融支配しかねないとの懸念を強めていた。中銀デジタル通貨の発行も、国家による巨大IT企業への支配を強化する狙いがある。アリババ集団の創始者ジャック・マー(馬雲)への締め付けも、この文脈で見ると分かりやすい。 日本も日銀に「デジタル通貨グループ」を設置し、導入に向けた実証実験を始めたばかり。日本人の「現金信仰」は根強いものがある。キャッシュレス決済額の比率を見ると、韓国(96.4%)、中国(60%)、シンガポール(58.8%)に対し、日本はわずか19.8%。一方「タンス預金」の総額は、50 兆円(2019年1月)を越えたとされる。 他人ごとではない。亡母が祝儀袋に紙幣を包むとき、わざわざ重いアイロンを出して、お札のしわ伸ばしをしていたのを思い出す。こんなことをするのは日本人ぐらいに違いない。 <アーカイブへ>この発言騒ぎは、日本社会の縮図だ。森喜朗元首相(東京五輪組織委員会会長)の「女性がたくさん入っている理事会の会議は、時間がかかります」という女性蔑視発言。
第1に、男性優位下の多くの日本企業で、同じ思いを抱いているトップは少なくなくないはず。 第2は、発言の場では批判の声は出ず、「参加メンバーから笑い声が上がっていた」ことが、メディアやSNSで叩かれた。この場合の「笑い」は何を意味するのか。たぶん「またかよ」という失笑、苦笑だと思う。理事会には女性もいたが、問題にすれば「青臭い」「空気が読めない」「場をシラケさせた」と、逆に責められかねない。笑ってごまかしやり過ごすのが「大人の作法」。ことの是非より摩擦回避を優先する「暗黙の了解」である。 第3。「習い性」の悪弊はメディアも同罪。森氏が辞任する意向を関係者に伝えた翌日の全国紙は、「森辞意」の大見出しの横に「川淵氏を後任指名、受諾」と、「決め打ち」的に一面トップで報じた。「これで落着」と言わんばかりの紙面からは、「禅譲」を「密室人事」と批判する視点は希薄だった。 「トップ辞任」となれば「後継者は?」という、人事をめぐる反射神経からの紙面作りだが、他人事じゃない。筆者も現役だったら同じ対応をしていただろう。しかし「密室」(ブラックボックス)による政策決定に反対して直接行動に訴え、政権交代につながったケースだってある。台湾で2014年、立法院を学生が占拠した「ひまわり運動」である。「ブラックボックス政治反対」を掲げ、2年後の総統選挙での政権交代の導火線になった。 東京五輪は、エンブレムのロゴ・マークや国立競技場のデザインをめぐる騒動に始まり、誘致汚職疑惑や新型コロナウイルス禍による1年延期など、ケチが付きまくった。大会理念も、当初の東日本大震災からの「復興五輪」から、「コロナに打ち勝った証し」(菅義偉首相)へと、軸足が変わっていく。 政府は、東京五輪を何としても予定通り実現しようとしている。ワクチン接種のスケジュールも、それをにらんで設計された。支持率下落に歯止めがかからない政権の浮揚には、五輪という国民的行事に国民を熱狂させるのが有効、と考えているからだろう。 ところがどっこい、民意は「中止」に傾いている。自粛生活に疲れ果て、「お・も・て・な・し」どころじゃないのだ。日本経済新聞の2月の世論調査では、「中止もやむを得ない」が46%、「再延期もやむを得ない」は36%。民意に沿うのは民主の基本。主催国の民からも見放される五輪… 森発言は、「中止」に向かって坂道を転げ落ちる背中をさらに押したのだ。 <アーカイブへ> 東京大学安田講堂を占拠した学生と機動隊との攻防戦(1月)、中国・ソ連国境で両国軍が武力衝突(3月)、南ベトナム解放民族戦線が臨時革命政府樹立(6月)、米アポロ11号が月面着陸(7月)― 筆者が20歳だった1969年、日本と世界は年明けから時代の転変を予期させる騒然とした空気に包まれていた。
どれも自分自身と深くかかわるだけでなく、同時代を生きる者の「共通の前提」になる事ばかりだった。当時大学生だったが、大学医学部の研究に米軍資金を導入することに反対して、キャンパスのバリケードストライキに参加していた。全共闘運動にベトナム戦争、米軍の存在まで、自分自身と関係しているのだという自覚があった。 そんな時20歳を迎えたが、成人式参加など端から頭になかった。20歳になるのは極めて個人的なこと、国や自治体が税金を投入して祝うことか、ましてや、式には首長をはじめ地元選出の国会議員や地方議員が居並び、ほとんど意味のない祝辞の繰り返し。選挙権を手にする若者への「票固め」の場じゃないの、と考えていたからだ。 今年の「成人の日」は1月11日。東京など4都県に緊急事態宣言(8日)が出た直後だったから、「3密」を避けるためにも式は中止か延期だろうと思ったらそうでもなかった。中止・延期した自治体が多いが、東京都では杉並区が実施し、埼玉、横浜でも屋外で式をした。 3年ほど前、振袖販売をする企業が成人の日に営業を停止し、振袖を予約した新成人が泣いた「事件」があった。和装業界をはじめ、着付け・化粧・ヘアメークなどの美容業界にとって、「成人式」は稼ぎ時のビジネスと知った。それはそれで理解できないわけではない。 しかしメディアが「一生に一度の晴れ舞台」と成人式を持ち上げるのはどうか。成人式より大事で重要な「一生に一度」は、ほかにもたくさんあるはずだ。成人式にはみな揃って振袖で着飾り、黒服を着て会社訪問の列を作る― ほとんどユニフォームと化した「疑似コスプレ」のよう。多数に従う横並びの秩序に回収されていく日本の社会人にふさわしい行事なのかもしれない。 全国一斉に、成人年齢に達したことを祝う式をする国は日本以外にはない。「大人」になるとは、「自分自身を相対的に見つめるもう一人の自分」を見つけることだと思う。身体ばかり大きいけれど成熟できない「小学5年生」並みの大人は結構みかける。しゃべり方といい、普段の態度といい「小学5年生」のような74歳の大統領をいただいた超大国もあるじゃないか。 <アーカイブへ> バイデン米次期大統領が、国務長官や国防長官など次期政権の外交・安全保障を担う主要閣僚候補を次々と発表した。重要ポストに女性や黒人を配した多彩な顔触れの中で目を引くのが、対中通商交渉の要になる米通商代表部(USTR)の代表候補キャサリン・タイ・下院法律顧問(46)。中国名は戴琪。
台湾出身の両親のもと米国で生まれ、エール大、ハーバード法科大学院で法律を学んだ超エリート弁護士。中国語に堪能で、広州の名門、中山大学で2年間、英語を教えた経験もある。台湾と米国だけでなく、中国大陸にも縁のある「中国通」ということになる。 彼女は2007年から14年までUSTRの中国担当法律顧問を務め、バイデン氏は「オバマ政権時代、彼女は中国の不公正貿易問題で大きい役割を果たした」と紹介した。こう聞かされれば、米中対立の余波で中国との軍事的緊張に包まれる台湾はさぞかし、この人事を歓迎しているだろうと思い、調べてみた。 ところがどっこい。台湾人が書いたSNSをみれば、大歓迎どころじゃない。「台湾のコメで育った台湾人じゃない」「中国に同情的な中国人」「両親は大陸出身」などと、タイさんの出自や属性を問題視する書き込みであふれる。中でも「彼女は蒋介石側近の情報特務の親分だった戴笠の曾孫」といううわさが駆け巡ったが、同姓というだけのフェイクニュース。 一方の中国大陸はどんな反応をしているのだろう。大陸でも「戴笠の曾孫」というフェイクニュースが広がったが、「余茂春よりもっと危険な人物」など、彼女を警戒する声が多い。余茂春は、中国大陸出身で米国に留学した民主派学者。トランプ米政権の対中政策の指南役で、ポンペオ国務長官の中国政策顧問を務める人物のことだ。 SNSだけではない。中国の米国問題専門家、時殷弘・人民大学教授は、香港サウスチャイナ・モーニングポスト紙に「タイ氏の指名は中米関係にとって『否定的なシグナル』。彼女が中国との貿易問題に処理した経験を考えると、バイデン政権は中国に厳しい姿勢を続けるかもしれない」と語っている。 いやはや、台湾からも大陸からもさんざんな評判。しかし移民大国の米国では、中国や台湾出身者で、政財界のエリートになる人材は少なくない。ブッシュ(子)政権ではイレーン・チャオ(趙小蘭)さんが、アジア系米国人女性として初めて閣僚(労働長官)に就任、彼女はトランプ政権でも運輸長官を務めている。 バイデン次期政権は、トランプ政権の「対中新冷戦」には批判的だ。だが、タイさんのように中国語を通じて中国的思考方法を身に付けた人物が交渉責任者になれば、中国にとっては手ごわい相手になるのは間違いない。 <アーカイブへ>混戦模様だった米大統領選挙は全米集計が終わり、民主党のバイデン氏の勝利が確定した。菅義偉首相はバイデン氏との電話会談(11月12日)で、「バイデン氏と女性初の副大統領に就任するハリス上院議員への祝意を伝えた」(全国紙)。
この日の夕、出先で配られた日本最大の発行部数を誇る新聞の一面トップ記事の見出しを見て驚いた。「バイデン氏、尖閣は『安保条約5条の適用対象』と明言―菅首相と初の電話会談」とある。当り前じゃないの? バイデンがもし否定すれば、文句なく一面トップ記事だけど… 尖閣諸島(中国名 釣魚島)への安保条約5条(日本防衛)の適用は、オバマ前大統領が2014年に米大統領として初めて明言。トランプ大統領も17年、安倍前首相との首脳会談で再確認しており「既定路線」。政府関係者によれば発言は「バイデン氏が自ら切り出した」。日本側が「言わせたわけじゃない」と言いたいのだ。 しかし、「バイデン移行チーム」のメディア向け発表文を読むと、バイデンは「第5条に基づく日本防衛と米国の深い関与」と述べたと書くだけで、「尖閣」の文字は出てこない。5条適用を即「防衛公約」と受け止める向きがあるが、それは希望的観測である。中国の台湾への武力行使に対し、米政府が対応策を明らかにしない「曖昧戦略」と同じと言っていい。 ここ10数年の日米関係の推移をみると、米国は島嶼防衛の一義的防衛は日本の「自助で」という意思を鮮明にしつつある。尖閣防衛などは米国益にかかわる重大事ではない。「尖閣」の名前を入れなかったのは、中国への配慮かもしれない。 尖閣周辺海域では今春から、中国公船が領海外側の接続水域を頻繁に航行し、領海では日本漁船を追い回したとして、島を奪おうとしているかのような「緊張」を伝える報道が目立つ。しかし海上保安庁によれば、中国公船の領海侵入回数は昨年よりむしろ減っている。中国側は、日本の右翼が雇った漁船の活動家が尖閣に上陸するのを防ぐため、という理由がある。 今年に入り沖縄県石垣市が6月、尖閣の字名を「字登野城尖閣」に変更。実効支配を強化するため現地調査を政府に求め、漁業施設を島に建設する決議をするなど、実効支配強化の活動を活発化させている。10月には、日本郵便が尖閣に郵便番号の設定(〒 907-0031)までした。 だれもいない無人島に郵便番号ねえ。誰が誰に郵便物を出し、誰が配達するんだろう。島には80年代、右翼活動家が放ったヤギが繁殖しているそうだ。配達した手紙はヤギに食べられちゃいそうだ。 <アーカイブへ> 「ここにいるすべての美人に、オレのどでかいキッスをおみまいするゼ」― 新型コロナ・ウイルスに感染し入院したトランプ米大統領が10月12日、約2週間ぶりに大統領選挙の集会に登場してこんな発言をした。
フロリダ州サンフォードの会場に現れた大統領、マスクを支持者に投げ「もう免疫ができた。今はとってもパワフルに感じてる」と、腹の底から絞り出すような太い声で、回復ぶりを強調し「キッス発言」をした。 演説の映像を見ると、詰めかけた数千人の聴衆の多くはマスクもつけず、お隣との距離もとらない「密集」状態。大統領の主治医はこの日、抗体検査の結果大統領の「陰性」を確認したと発表したが、本当だろうか。 この主治医は、ワシントンDC郊外にある米陸軍病院の医師。大統領は全軍最高司令官だから、主治医は「部下」に当たる。無理難題と分かっていても、最高司令官の命令となれば拒否しづらい立場にある。大統領は入院後「酸素吸入」をしていたが、主治医は当初、酸素吸入の有無についての質問への答えを避けていた。「忖度」は、日本の官僚の専売特許ではない。 大統領が入院中に車で「外出」し、支持者の前に姿を見せるムチャができたのも、主治医の許可があったからだ。問題はコロナにとどまらない。「政治による科学(学問)への介入」という、より普遍的な問題にもつながる。 折から日本では、発足したばかりの菅政権が日本学術会議の推薦した会員候補のうち6人を任命しなかった問題が炎上している。任命除外の判断をしたのは首相か、それとも官邸トップの杉田和博・官房副長官かなど、分からない部分もまだ多い。 最大のポイントは「任命除外した理由」の開示だが、菅義偉首相はそれには口を閉ざし続け、政策決定の不透明さと官邸支配という前政権の体質継承を浮き彫りにした。多くの人は、6人の学者が安保法制に反対するなど、政府方針に非判的だったからとみる。 そんな疑いを立証するかのように、前川喜平・元文科省次官は野党ヒヤリングで、同省の分科会人事に関して、かつて杉田氏から「政権批判の人物を入れては困る」と言われたと証言した。前政権時代から人事権を掌握した官邸(政治)が、人事介入してきたことを裏付ける証言だった。 話はトランプ演説に戻る。ドヤ顔で「キッス発言」をした大統領に支持者はどう反応したか。録画を繰り返し再生すると、会場は発言に盛り上がるどころか一瞬静まり返った。大統領が20人以上の女性から「性的違法行為」で告発されているのはよく知られている。おまけにコロナ感染の直後、やっぱり「ドン引き」するよね。 <アーカイブへ>尖閣諸島(中国名、釣魚島)で、中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事件が起きてから9月7日でまる10年。当時は、この漁船の行動を「中国のスパイ工作船」「実効支配強化が目的」などとまことしやかに報じられたが、実は「酔っ払い船長」による「偶発事件」だった。
10年後の今年も中国公船活動について、居丈高な外交を意味する「戦狼外交」と決めつける言説が流行している。しかし、米中の戦略対立が激化する中で、中国は日中関係を重視しており、「戦狼外交」とみるのは実相を見誤らせる「ミスリード」である。 「戦狼外交」とは、もちろん中国当局が自称しているわけではない。中国軍の特殊部隊の活動を描いた中国アクション映画「戦狼」(Wolf Warrior)がその由来とされる。習近平政権登場(2012年)以来の中国の「高圧的な外交」の代名詞としてすっかり定着した。 日本ではこの春、中国公船が日本の漁船を追いかけまわしたとして、「強硬姿勢」の見本のように伝えられたが、中国からすれば、そんな見立ては全くの「心外」。事実、コロナ禍を理由に習近平・国家主席の国賓訪問延期が決まった後の対日姿勢は、「強硬」には程遠い「気遣い」が感じられる。 「気遣い」の例を挙げる。第1は、尖閣周辺での禁漁が解禁された8月16日以降、中国漁船が尖閣領海に入る動きは一切見せていない。2018年8月には200隻近い中国漁船が押し寄せたことがあったが、今年は中国当局の「抑え」が効いているのだ。日本政府は、大量の中国漁船の「領海侵入」が懸念されると警告してきたが、全くの「空振り」に終った。 第2は、次期駐中国大使として日本政府が中国にアグレマン(同意)を求めた垂秀夫・前外務省官房長に、中国が同意を出した。中国モンゴル課長や駐中国公使を務めた垂氏は台湾と太い人脈がある上、高い情報収集能力を中国側が警戒し「同意しないかも」という観測も。 大使人事については相手国のアグレマンが出てから報道するのが通例。日本政府筋が事前にリークし、「嫌がる」とみられた中国側の反応を探ろうとしたようだ。中国の同意もまた対日関係を冷却させないようとの配慮を感じさせる。 第3は「戦狼外交官」のニックネームで呼ばれる中国外務省の趙立堅・副報道局長が、安倍晋三首相の退陣表明の翌8月29日に、異例の談話を発表した。談話は、日中関係の推進で両国が合意に達したとし「安倍首相がそのために行った重要な努力を積極的に評価し、迅速な(健康)回復を願っている」」とねぎらった。 中国は、習氏の国賓訪日が白紙にならない限り、「ポスト安倍」政権でも、対日重視政策を継続するはずだ。「ミスリード」から対応を誤る危険だけは避けたい。 <アーカイブへ>「日本も(ファイブ・アイズに)近づいて『シックス・アイズ』と言われるようになってもいい」―。こう言うのは河野太郎防衛相。日本経済新聞(8月15日付)とのインタビューで、日本も米国中心の情報協力組織「ファイブ・アイズ」(米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)と連携を強化し、軍事的に台頭する中国に対抗する姿勢を強調したのだ。
河野はこの6月、地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の計画停止を発表。それに替わって自民党内では、相手領域を先制攻撃する「敵基地攻撃能力」保有論が一気に高まった。「ファイブ・アイズ」との連携は、トランプ政権が加速する米中デカップリング(分断)政策の中、日本が情報世界で米陣営に入り、中国と「敵対」するのを意味する。 インタビューで河野は、ほかにも見過ごせない発言をしている。彼は、中国が監視システムを海外に提供しデータを集める事例を挙げ「(中国は)ポストコロナの世界を分断しようとしている」と断じる。そして「民主主義対独裁、自由なネットワークと国家が管理するネットワークのような形で国際秩序を分断する試みに多くの国が懸念」と分析した。 ポスト安倍時代を担う有力リーダーとしては、かなり乱暴な発言である。トランプ政権による「米中新冷戦」イニシアチブにすっかり囲い込まれ、世界を「民主主義対独裁」の二元論でとらえる思考。そして「ファイブ・アイズ」が進めてきた安保情報協力を「自由なネットワーク」と位置づけるのは事実誤認も甚だしい。 トランプ政権が同盟国に対し、中国通信大手ファーウェイ排除の「踏み絵」を踏ませ、世界を二分しようとしているのは明らか。最近では、短編動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」排除を同盟国に求める。「ポストコロナの世界を分断しようとしている」のは、中国ではなく米政権だ。 西側情報網を「自由なネットワーク」と呼ぶのを聞いたら、亡命中のロシアでくしゃみをこらえている人物がいるにちがいない。元米国家安全保障局(NSA)局員のエドワード・スノーデン氏である。彼は2013年6月、「米政府が中国を含め世界中のあらゆる通話、SMS、メールを秘密裏に収集している」と告発。日本政府に対しても監視システムを譲渡したと暴露した。 米情報機関による同盟国リーダーの電話盗聴はよく知られている。その中にはメルケル・ドイツ首相や日本の閣僚も含まれる。「通話、SMS、メール」情報が、米巨大IT企業の「GAFA」の協力抜きに成立するとは考えにくい。 米政府がファーウェイなど、中国の情報企業を恐れ排除しようとする理由ははっきりしている。自分たちが独占的に行ってきた世界中の情報収集体制が崩れ、中国政府も自分と同じことをするに違いない、という確信からだ。 <アーカイブへ>「あいつなんか首にしてよかったぜ。アダ名はケイオス(混沌)だったけど、やつが嫌いだったから“Mad Dog(狂犬)”に変えてやったさ」。こうツイートするのはトランプ米大統領。けなしまくった「あいつ」とは、2019年1月まで国防長官を務めていたジェームズ・マティス氏。
反人種差別デモが全米に拡大した6月初め、マティスが米誌に「トランプは米国人を団結させようとしないばかりか、そのふりさえしない。こんな大統領は初めてだよ」と痛烈批判したことへの「お返し」。それにしても、自分が指名した「世界最強の軍隊」の責任者を、まるで子供のようにけなしまくるとは。 ツイッター大統領の本領はこれではすまない。ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)が6月末トランプ暴露本を出すと、「あいつが唯一良かったのは、狂っていると思われていたことだね」と、立て続けにツイートした。 そのトランプ政権は、コロナ・ウイルスから香港、南シナ海問題とあらゆるテーマで中国攻撃を仕掛けている。4か月後に迫る大統領選で、民主党のバイデン候補に差をつけられ、劣勢挽回のためと考えていいだろう。日本を含め西側メディアはそんな中国攻撃の大合唱に唱和するが、ボルトン本のさわりを見れば、米中対立をマジに論じるのはばからしくなる。 例えば、2019年6月末大阪で行われた米中首脳会談。トランプは習近平国家主席を「中国史で最も偉大な指導者」と持ち上げた。その大統領は6月17日、新疆ウイグル族弾圧に関与した中国当局者への制裁に道を開くウイグル人権法に署名する。だが大阪での首脳会談では習に「(ウイグル人収容)施設の建設を進めた方がいい」と述べ、米中貿易協議を優先し香港デモを擁護しないとまで言った、とボルトンは暴露する。本音はどちらなのか。 「トランプが秋の新学期に学校に戻って勉強し直すのを、大多数が支持する世論調査結果が出た」と書くのは、米人気コラムニスト、アンディ・ウォロウィッツ。彼は「トランプを学校に戻すコストは高いけど、彼の無教育のコストのほうがデカい」と書き、再教育科目に「科学」「数学」はもちろん、「歴史」「地理」それに「国語」(米語)と全科目を挙げるのだった。 大統領のツイートの内容は、「好き」「嫌い」の感情だけから、自分の言動を正当化するものが多い。「小学校5年生」並みだが、それを「受けてるゼ」とばかりドヤ顔で口に出されると、思わず吹き出してしまう。彼にはお笑い芸人の素養が備わっていると思う。再選に失敗したら、是非とも「お笑い芸人」としてデビューして欲しい。 日本語の吹き替えは誰がいい? そうねえ由利徹、うん、伴淳の手もある。「それって誰?」と首をひねったそこの人! YOU-TUBEで当たってみて。 <アーカイブへ>米ミシガン州で起きた警察官による黒人暴行死事件(5月25日)は、反差別運動を世界に拡大した。英国、ベルギー、フランスなど旧植民地宗主国では、奴隷商人や国王の銅像引き倒し・撤去運動に発展。米国でもコロンブス像引き倒しや南北戦争の南軍将軍の名を冠した基地の改名運動へと連動している。
銅像破壊と言えば、旧ソ連崩壊時のレーニン像やイラクのフセイン元大統領像の引き倒しの記憶が蘇る。よく似た風景だが本質的に異なる点がある。それはこれまでの偶像破壊が、被害者側による「復讐」だったのに対し、今回は加害者側も含め差別を内面化し、植民地・帝国主義による加害歴史を清算しようとしているからだ。 コロナ・パンデミックによる都市封鎖で、閉塞感を募らせた若者たち。街頭に再び出れば「解放感」に浸っているに違いない。破壊衝動は解放感を高める「調味料」にもなるだろう。しかし欧米の白人を中心に描かれてきた歴史の見直しを迫る運動は、「Culture Revolution」(文化革命)と言っていいのではないか。 アマゾンなどのプラットフォーマーが自社サイトに「ブラック・ライブス・マター(黒人の命が大切だ)」と表示。アディダスやナイキなどスポーツ・メーカーも、反人種差別キャンペーンを開始した。黒人顧客を意識した「商業主義」と言えばそれまでだが。 翻って日本。「うちの国は国民の民度のレベルが違う」と発言(6月4日)したのは、麻生太郎財務相。日本のコロナ感染の死者が他国に比べ「少ない」のを自画自賛したのだ。野党議員に批判されると今度は「韓国と一緒にせんでください。要請しただけで国民が賛同し頑張った。国民として極めてクオリティーは高い」と繰り返した。 この発言のポイントは「民度」。広辞苑によると「人民の生活や文化の程度」を意味するとある。自分と異なる人たちを能力が劣る下位に置くことで「自らが高みにあることを表現する時に使われてきた」と解説するのは、国文学研究資料館室長ロバート・キャンベルさん。 だがコロナ感染による死者数は人口10万人当たりで英国は54.2人、米国30.0人。それに比べ日本は0.6人と確かに低い。でも韓国は0.5人だし、中国0.3人、台湾0.03人。「強制力」のあるなしにかかわらず、アジア各国は欧米諸国に比べて総じて低い。「民度」とは何の関係もないのは明確。 麻生発言については批判がある一方、「本音を代弁してくれた」と評価する声もある。日本人の深層に横たわる意識かもしれない。この人はかつて、日本の植民地支配当時の台湾の義務教育やインフラ整備を自賛する発言を繰り返し、「親日」のはずの台湾から批判されたこともある。コロナ禍から加害歴史に学ぶ欧米の若者とは、「民度のレベルが違う」と言うべきか。 <アーカイブへ>「今日も届いていない、遅いなあ」
開けた郵便受けをまたカタンと閉じる。待ち焦がれているのがラブレターなら艶のある話になるが、そうじゃない。例のあの布マスクだ。パンデミックで世界中がマスク不足に悩んだ4月初め、安倍内閣が感染防止策として全戸に2枚ずつ配布すると閣議決定した。予算は466憶円。 いったん郵送したマスクからカビや虫、髪の毛が混入していることが分かり回収。実際に手にした民の声は「小さくて不細工」など散々。確かに「アベノマスク」を着けたご本人も、アゴ丸出しの顔をさらしている。NHKの世論調査(4月10~13日)では「あまり評価しない」と「まったく評価しない」の合計が71%に達した。 悪評ふんぷんのマスクだが、実際に手にしたらどうする? SNSをみると対応はざっと三分される。第1は「受け取る」。第2に、エッセンシャルワーカーや介護、児童施設などへの寄付。そして第3は「受け取り拒否」。 「受け取り派」が最も多いとは思うが、そのまま使わず、「ベツノマスク」にリメークする人がかなりいそう。「アゴや鼻まで覆える立体マスクにする」「2枚を1枚に縫いプリーツマスクに形を変える」。2枚使って新デザインを売る「リメーク屋」さんも現れた。 「拒否派」は、「『受け取り拒否』と書いて認印押してポストに入れるだけ。郵便局が無料で発送元に返送してくれます」。ハッシュタグ(#)を付けて、官邸に送り返せば、デモンストレーション効果があるというわけ。私も第3の道を選ぶ。 様々な反応をみて頭に浮かんだのは「上有政策、下有対策」という中国語である。国や政府が政策を打ち出しても、地方や民衆は様々な抜け道を見つけ出して対抗するという意味である。交通渋滞を解消するため上海市がナンバープレート取得規制をすると、地方の安いナンバープレートを入手する上海市民が急増したというのも一例。 布マスクへの反応を見ると、コロナ禍は我々にとても良い政治学習の機会を与えてくれている。普段は意識しない税収とその配分という国家の基本権能が、自分事としてリアリティを持つようになったからだ。俳優の小泉今日子さんらが5月初め「#検察庁法改正に抗議します」とツイートすると、わずか4日間で900万件もの支持反応があったという。 これを単に、検事長の定年延長に反対するデモンストレーションと見てはならない。「モリカケ」から選挙区有権者を優待する花見まで、多くの疑惑にもかかわらず、居直りと居座りを続ける政府への不満の蓄積が炎上したのだ。 深刻なことは、選挙による代表制民主システムが目詰まりを起こし、民意を反映する回路が機能しなくなっていること。さらに永田町や霞が関の高い視線からウォッチする大手メディアも、読者と政治をつなぐ回路にならず、SNSの力に及ばないことである。民衆はどんどん賢くなっている。 <アーカイブへ>「中国ウイルス」「武漢ウイルス」― 新型コロナウイルス(COVID-19)に、トランプ米大統領やポンペオ国務長官がつけた呼称だ。トランプ氏などは「Colona Virus」のコロナの文字を線で消し「Chinese」と書き替える執念深さ。中国が嫌がるのを承知の確信犯だ。
ウイルス禍は世界中を覆い、その矛先は皇太子、首相、有名俳優、タレントなどセレブから、高齢者やゼロ歳児まで人を選ばない。感染症拡大はわれわれが運命共同体の中で生きていることを実感させた。だから、あらゆる領域で対立する米中両国も「コロナ休戦」に入るはずという楽観はすっかり裏切られた。 米中対立の戦端は、米紙「ウォールストリート・ジャーナル」(2月4日付)が「中国はアジアの病人」と題する評論を掲載して切られた。中国外務省は2月19日、「評論の見出しは人種差別的」と反発し、同紙の北京駐在記者3人の記者証を取り消した。 この直前(2月18日)には、トランプ政権が、中国の5報道機関を中国政府の「外国の宣伝組織」に認定。国営の新華社、中国国営テレビ系の外国語放送、党機関紙「人民日報」の関連会社など5社の中国人記者60人を3月2日、事実上の国外退去処分にした。さらにコロナの起源をめぐっては、中国外務省報道官が「米軍が持ち込んだのかもしれない」とツイートし、泥仕合の様相を呈した。 日本では米中舌戦を「どっちもどっち」とシラっとした反応が多い。しかし中国が差別的言動に敏感に反応するのは、欧米列強による中国・アジア人差別の歴史を思い起こさせるからだ。米国では1882年、中国人移民の自由な移動を禁止する「中国人排斥法」が成立した。1900年に「ペスト騒動」がサンフランシスコで発生すると、10年ごとに更新されるはずだった同法は恒久法(43年に廃止)になった。 米国を専門にするある研究者は「"不可視"であるウイルスは"可視"の区別を改めて認識させ差別を助長する。"可視"の区別とは人種・民族・国籍・宗教」と書く。その通り。思い出すのは、1923年の関東大震災の混乱の中で、官憲や自警団などが大量の朝鮮人を虐殺した事件だ。 コロナ禍では3月10日、さいたま市が備蓄マスクを保育所や幼稚園に配布した際、朝鮮初中級学校の幼稚部だけを除外し、差別との批判を浴びた。役所側に差別意識があったとは思わない。だが足を踏まれた側は、ちょっとしたきっかけで、被害者体験を思い出す。 日本人の対中観は依然厳しい。中国がマスクや医療機器を日本に寄贈しても、その善意は対中観改善につながっていない。ウイルスの起源は特定されていないが、今もなお「中国ウイルス」と書くメディアや識者がいる。 「『武漢ウィルス』などの呼び方はもってのほか。ウィルスは人種、国籍を差別しない。我々は平等に死ぬ」 こう、ツイートするのはコメディアンのラサール石井氏である。(了) <アーカイブへ>みるみるうちに列の長さは200メートルほどにもなった。3月3日の「ひな祭り」の朝9時。東京近郊の住宅街にあるホームセンター前で、開店を待つ人の行列である。聞けば、トイレットペーパーを買うためという。
新型コロナウイルスの感染拡大が日本でも止まらず、「“トイペ”がなくなる」というデマがSNSで拡散してから5日は経っていたころだ。「デマに惑わされる」とメディアは警鐘を鳴らすが、行列は消えない。日本だけじゃない。世界中の消費者の行動… でもこんな光景、後から考えれば「かわいい」と思えるほど、深刻な事態が次から次へと世界を覆う。感染はイタリア、イラン、米国に一気に広がり、世界保健機関(WHO)は11日、感染が世界規模で広がるのを意味する「パンデミック」宣言をした。 これを受けトランプ大統領は、英国を除く欧州各国からの入国停止を発表、世界で株価が大暴落した。米ダウ平均株価は、下落率(9.99%)で、08年のリーマン・ショック(7.87%)を上回り、世界で経済収縮の懸念が一気に高まった。 トランプはついでに、東京五輪について「観客なしの開催は想像できない。1年間延期すべき」と発言。政権の命運を東京五輪の成功にかけている安倍首相は、その直後トランプと電話会談し火消しに努めたが、延期ないし中止の流れはもはや変えられないだろう。 マジな話、オリンピックどころじゃない。いまや、耳を澄まさなくても「コロナ大恐慌」の足音がヒタヒタと迫る。インバウンドに依存する観光・旅行業界では、既に就職内定取り消しが始まり、被害が深刻な北海道では、旅館や飲食店が閉鎖に追い込まれた。消費は急減し、企業倒産も相次ぎ失業者が溢れるだろう。 衰退期に入っているニッポンは、大恐慌を契機に坂道を転げ落ち、衰退に歯止めがかからなくなる。だが安倍政権が頼りにするアメリカに神通力はない。情報社会をリードする中国や、成長著しいアジアとの関係改善・強化の道しか生存空間は拡大できない。日米同盟基軸という「戦略」そのものの練り直しが迫られる。 コロナウイルスについては、分からないことが多い。感染源もそうだ。生物学者の福岡伸一はある週刊誌の対談で「ウイルスは武漢から突然現れ、地震の揺れが伝わるように世界に拡大したように見えるが、それは誤解」。「武漢以外にもウイルスはいて、世界中を彷徨っていたのでは」と見る。「無症状感染者」が多く、本人も気付かぬうちに感染が拡大してしまうのも封じ込めが難しい特徴だ。感染が世界で収まるには1年はかかるとみる専門家が多い。 デマ対応で重要なのは、受け手の我々のリテラシー(真偽を見分ける力)である。しかしデマと分かっても、行列に並ぶ世界の「善男善女」の行動を、どう説明すればいいのか。 |